上津部田城(こうづべた)
三重県津市
【歴史】
室町時代後期~戦国時代に築城され、数十年ほど使われていたよう。
上津部田城の南東(現在のサンマンションアーツ山の手)に峯治城(みねじ)があり(現在、遺構はまったくない)その支城だったかもしれない。
峯治城は応永年間(1394~1427)に佐脇勝久によって築城されたとされ、永禄11年(1568)の信長の伊勢侵攻の際に落城したとされる。
だとすると、上津部田城の城主も佐脇氏か、その一門と考えられる。
(現在もこの地域は佐脇姓の方が多い。)
【城郭】
県総合文化センター等がある丘陵の北東端に築かれた平山城。
平成元年より3回の発掘調査が行われ、東西100m、南北180mで複数の郭を持つ館であったことがわかっている。
北東端に築かれた主郭には虎口や門、井戸の跡があり、土塁に囲まれ、南東部には堀切があった。
道路工事のため現在は上津部田城址公園として再現保存されている。
(陸橋の上に再現される形になっている。)
発掘では焼物の皿や茶碗、古銭など日常使いの物が発掘された。
我が家から最も近い城郭遺構。
よく通る道で、山でもないのになぜ陸橋があるのかと不思議に思っていたが、まさか城郭遺構があるとは思ってもいなかった。
地域の歴史についてより興味を持つきっかけともなった城跡。